単純に、米国と比べて、プラットフォームやストアが多い、ということも一つの要因ではあるだろう。さらに、米国と比べて電子書籍の普及し始めた時期が早かったために、多数の規格、仕様が現に存在し、相当の規模で流通している、という事情もある。
たとえば、いわゆるガラケー(フィーチャーフォン)向けのコンテンツは、同じXMDFや.dotbookというフォーマットでも、各キャリアごとに別の仕様のファイルが制作され、消費者に提供されている。紙の本とは巻の分け方が同じタイトルもあれば別のものもある。同じタイトルでも、Windows PC向けのファイルもあれば、特定のPDA向けに作られたものがあったりもする。
これに対して米国では、フィーチャーフォン上の電子書籍サービスというものが事実上なかった。PC/PDA向けにはMicrosoftやAdobeによる端緒的な試みはあったものの、電子書籍の歴史はAmazonのKindleから始まった。Amazonがたまたま、紙の本一冊=電子書籍一冊というポリシーで電子書籍を刊行したので、紙の本と同様の検索性が実現できた、と考えられる。その後Kindle Singlesという、ある意味日本のガラケーのコミック分割売りに近いようなマイクロコンテンツ販売を始めたが、今のところ既存の書籍をバラバラにして売る、というよりはSingles用のコンテンツを新たに作って売る、というのがメインのようで、日本のような混乱は生じていない。
日本の場合、ガラケーの電子書籍で先んじていたがゆえに膨大な既存ファイル(20万点以上)が蓄積され、そのことが逆に検索性を削いでいる。一種の「イノベーションのジレンマ」状態に陥っているというわけだ。